カリモード -ユウヒジカ-

狩猟+漫画+鹿の利活用を考えています。

良き日

今日はよき日だった。

何年ぶり久しぶりにかつての漫画の先生にお会いした。

展示も見てきていただけたらしく、

展示を見て、もうこっちで(漫画イラストで)一生食っていけると感じたと言ってくれた。

 

しかもその当時の別の先生とも電話でお話しできて

十年も前のことなのに、覚えてくれてたらしい。大変優秀な生徒だったので覚えてますって…嬉しいな

 

何かを教える事……自分も少しはできるようになれば良いな、と思う。

 

少しずつ、レベルアップだ。

 

うーん

いい時間でした。

かもかてプレイ中 メモ

初めてプレイして何とかクリアした後(何のエンディングもなし)次に王を目指しながら、ローニカにロックオン。

でも王になるがてら隙を見てローニカに会いに行く程度だったので…

告白したけど振られて凹む。

わかってたよ!!わかってたけど勇気を出したの!!!

あーーーーーーーーーーー

1日2日凹んでました。

振られるってきついぜ。

 

でも、王になって、目標は達成。

 

次にキャラエンドを見たくて、

ローニカの攻略を見ながらプレイ。

 

初めて見たキャラエンドはローニカ裏切り。

 

そんなつもりなかったんだけど

このゲームは昔のゲームであった………。男女じゃないと愛情が成立しない世界観だったので

男×男になってしまい裏切りエンドに…………。

 

悲しみにふける。

ローニカさんの本当の仕事……悲しみ。でも家族になりたいよね。愛情エンド、もっとラブラブなのを期待してたのだけどかなりアッサリ終わり裏切りエンドの方が印象に残りました。

殺害エンドは、普通殺害っていったらバッドエンドなはずなのに幸せそうで…… なんか一番よかったかも。

 

あとは憎悪エンドひとつでローニカを、とりあえず、触りはコンプリート。(このゲームはエンドが1人4種類x3種類くらいあって到底コンプリートできない汗)

でも憎悪エンドはこのゲームで一番難しいエンディングらしい……… いけるかな

夢集


母親と父親が仲が悪く、私(幼稚園児)が間に入って手を繋ぐ。
(私が二人の間に入ってあげなくちゃ。)
私が可哀想で 悲しい夢だなぁ

子供が子供でいられないんだなぁ。

 

 

遠足のようなものに行く。少年漫画的な世界観。ちょっとした試験会場のようなものの場所。そこには雑魚しかいないはずだった。

いるはずのないレベルの強敵が現れ、先生四人が全員やられてしまう。

かろうじて先生たちは相打ちの形でそのモンスターを倒して、私は一人生き残る。でも、私はその真実を隠されている。隠されているのだが、幽体離脱みたいな事ができていて、先生たちが死ぬときの話も聞いていて、それを知っていた。(遅延性の毒を複数回食らって、死ぬ事が確定していて 他の先生と話をしていた)

何人もが犠牲になって、子供の自分を一人、救ったんだ。使命感のようなものがある。だけどあまりにも重すぎる、背負いすぎている感じがあった。

ビジネスの亡者

稼げば稼ぐほど楽になると言う教えで昭和の人は頑張ってきただろう。

でもどうだろう。

テレビは昔は高級品だったが、今はみんな高級品を持っている。

道が出来て車ができて高速が出来て鉄道ができたら新幹線にリニアに、果てはロケット宇宙船…

稼げば稼ぐほど新しいものが出来てきて
さらに桁上のゲームに飲み込まれていく。

ひと昔より豊かなはずなのに
欲しいものは増え借金は増え
環境は悪化し次の世代が得られるはずのものを
自分がより多く消費しているだけなのではないだろうか。

 

地球にいる人全員が
高級車を乗り回し何億円の家を建て子供を産みまくるのが経済優先の社会の望むものだろうが、そんなものは地球全員ができることのない椅子取りゲームだ。

先進国がしていることを発展途上国のみんなが一人残らずできるだろうか?

誰かが椅子を取れば、確実に誰か座れなくなるのだ。

 

 

必要以上に欲しがれば
本当の貧しさ 心の貧しさにつながっていく。

人間には上下関係と階級が存在するという
ある宗教内の階級制度を人間の価値と勘違いしている人たちがいる。

心の貧しい人たちが支配する社会。

私たちはどうするべきかな?

ワンピースがどうしても好きになれない

敵も味方も、怖い。

みんな死なない所も変。

ルフィの絶対己を曲げない所と約束のネバーランドの主人公も同じなんだけど
絶対に譲らない所が特に違和感があるし、不自然であるし、気持ち悪い。
一つ間違えは悪いことを絶対に曲げない、究極の悪だ。

あれって本当は悪魔同士の争いのお話なんじゃないかな。

悪魔の身を食べるというのは例えで
本当は悪魔に魂をささげる事なんじゃないかな。

悪魔に入信すると、ある能力を与えられる。

で、そういった者どもの、争いの話。

美談 武勇伝に仕立て上げた物語に見えてしまう。

デザインが受け付けないんだよな…。みんな怖い。
ことのほかこの漫画では主人公たちも、
悪感があって人外感があって、異様な感じで気持ちが悪い。

多分おだ先生は、悪魔に魂をうった人間の気がする…。
デザインが、そうんだよな。

 

 

最近の流行の漫画やアニメは、全部意図されたうえではやらされている。

上の人が、これと決めたものを流行らせる、という構図がなんとも気持ちが悪い。

悪魔キャンペーン。
これも、そんなお上に選ばれた漫画なのだろう・・・・・。

 

 

猫に好かれる

生まれてこのかた、猫に好かれる。

 

猫は、人間よりも多くのものをみているような気がする。人の過去未来、人間の中身。

自分は猫が殊更好きでも嫌いでもないし、どちらかというと犬派なのに寄ってきてくれる。

多分、自分は猫だけを優遇もしないし他の動物と同じように等しく接する事を知っているはずなのに 好感を持ってくれているようだ。

 

猫族は、そんな自分を認めてくれるんだな。それでいいというメッセージなのだと思い、受け取っている。

 

猫のいる人の家に行くと大体、〇〇ちゃんがこんなに寄っていくなんて!寛いでるなんて!と驚かれる。

嫌われたことは…多分0である。

 

多分私がもし、生まれてこのかたどの猫にも嫌われていたら 猫ちゃんに対して(嫌われたく無いので)何か優遇していたかもしれない。

でも好かれている 認められていると感じられるからこそ 世間ではやたら崇拝されている猫にも、やたら崇めることなく、平等に接することができる。

仁義

猫は世間で大変好かれている。

確かに可愛い。

でも、可愛いからといって殊更保護するわけにはいかない。不必要な保護は繁殖を繰り返し、生態系を破壊し、そしていずれ、大量に殺される運命にある。

むしろ、一刻もはやく個体数調整することが、苦しむ動物を1匹でも減らす、人道であると私は思う。

しかしペットとして売られている以上、減ることは無いだろうと思う。必ず、捨てる人間がいるからだ。

 

現時点でも相当な数の犬猫が保護されさっ処分されるのは、かわいいからと、ペットとして飼った人間たちの不始末だろう。

そもそもなぜ、ペットショップの動物が売れるのだろう。保護動物で溢れかえる中なぜわざわざ、買うのだろう。

かわいくてよくなつく子犬が買われていく。捨る人がいる。置き去りにされた老犬。野生化したノネコ。

誰がそれらを生み出したかというと、それが可愛いから飼った人間である。

 

結局は、有害鳥獣駆除。他の誰がが大量に、殺さなくてはいけなくなるのだ。

この辺も、お肉と同じように思う。

他の誰かが殺さないといけない。他の誰かに殺してもらう。

 

食べるところだけ自分がやる。

好きなところだけ自分がやる。

 

牛や豚はたくさん食べているのに、猫は保護するというのはあべこべだ。

じゃぁ、食べている動物についてはなんだと思っているのか?

「僕私は殺してよかったんだ?」

可愛いものだけは殺さない ということは 今までに殺してきた沢山の いろんな種の命に対して 牛豚鳥、シカイノシシ、その他たくさんの動物に対して 大変失礼であると思う。

 

全ての命は平らに等しく、上下貴賤なし というのが私の狩猟者としての姿勢である。

科学力とは

科学力とは、どれだけ無限に小さい世界を認識できるか

どれだけ無限に大きい世界を認識できるか

結局はそれだけなのかもしれない。

 

いま人間が確認できるのは 電子顕微鏡止まりだと思うけど

もう少し小さいものが認識できるようになれば意識も思考も心も感情も、物質として全然ありましたーってなると思う。

目に見えない細菌類が私たちと共生し相互補助的な活動をしているのだから

それよりも小さな物質でできているものも私たちと相互関係がきっと莫大にあるのでしょう。

 

 

見えない世界を無いとする現代の科学。

いやアンタの五感や科学力で認識できないだけでしょ?( ̄▽ ̄;)

無限に小さい世界、無限に大きい世界、人間の目には見えないもの、聞こえないもの、感じられないものがあるに決まってるやないかい。

我々の五感と科学力で感じられないものは全て非科学的である!よって、存在しない!我々の五感科学は万能であり、現象現実世界の全てを把握しているのだ!というのは宗教だと思うのだが。

 

人間の五感は、多分狭い。

 

私たちは世界をどのくらい認識できているのだろう。

人間の質 格とはどこで決まるのか?

世は玉石混交、さまざまな人々がいる。

 

まず先人が勝手に決めた階級……皇族>貴族>平民
さらに先人が勝手に決めた階級……老人>中年>青年>少年>少女 男>女

資本主義社会としての階級……
投資家(株主)>社長>取締役>正社員>契約社員>派遣>アルバイト

稼ぐほど偉いとする階級……
医者、弁護士、会計士>公務員>飲食業>主婦>子供>実家暮らし>ニート

頭がいいorやる気があるほど偉い階級……
有名大卒>大卒>高卒>中卒

その他 健常者>精神疾患障がい者 白人>黄色人種>黒人 お客様>店 などなど……

 

まず、これらの階級と人間の質や格は全く関係がない。
これらは統治・分断・支配に都合よく作られた権力思想 即ち洗脳、カルトだ。

でもこれを信仰している人は多く
もはや、「常識」ともいえる社会構造思想だと思う。

そう。私たちの国家は、全員がカルトなのである。
カルト主義者が自分の事正しいと思ってカルト教団を叩いているという
非常に笑える構造になっているのだ。

 

これらの本質的に意味のないただのカルト階級が
高かろうと低かろうと人間性とは別問題であるが、これらの階級を持ち出してくる人間の質や格が低いことは明確である。
例:誰のおかげで飯が食えると思ってるんだ!と主婦や子供にわめく奴
 精神障碍者などをわざわざ攻撃する輩
 思うに自身の快楽のためor自分の意見を押し通し相手を支配するため 人を攻撃したりマウントしたりこのような階級を持ち出す輩はすべて 付き合う価値0である。

 

人間の質や格は、どこで決まるのだろう。

 

私は、その人の持っている「意識、心、感情」がその人の本質を決めている、質や格に当たるのではないかと思う。

対して「思考」は頭脳という身体的機能の一部であり、iq 脳の物理的処理能力。容姿や身体能力のように人間の質や格に関係がない。

 

人間の質は、いかに自責し自分が原因と考え「自身の選択」により現実化した現象を「受け入れ」原理に「気づける」かにより向上し、人を見下し他責すればするほど人間の質は下がり下水道となる。

 

意識や心、感情

それは「気付き」をへて成長した時のみ向上する。

それは人に対する 敬意、尊重の姿勢。

思いやり 情 寄り添い 興味と理解 

 

他責する人間に成長はない。受け入れも気づきもないので、一生向上することは無い。赤ちゃんが他者理解することは無い。

 

他者理解 まずこれのない人間は、人間の質とか格、以前の問題である。(ひょっとしたら、病気かもしれない)

 

ある一定までは いかに他者理解できるかが人間の質を決め、格となる要素となる。

他者理解が一定までいったその先は、どれだけ自己理解ができるか……。他者理解と自己理解を深さとバランス、どんな選択をするか

即ち心言行により格が決まっていく。

 

人の人間の質や格は簡単にはかれる。

一つは①自分より「権力階級」的弱者に対するおもいやりや尊重の気持ちの有無、態度や思想 

ひとつは、②追い詰められた時何を言っているか

 

①自分より強いものにこびへつらい弱者を見下すのはもはや人間のレベルではない。
②自己を顧みず、他責するものは下の下である。
怒鳴る、暴れるのはすなわち動物である。(勝てる弱者にだけ怒鳴る輩) 

また常に悪口陰口、見下し、他責している人間は確実に下の下以下である。

賢者>人間(上中下)>動物>下水道

 

賢者は人々に幸福をもたらし他者から感謝されるが
下の人間は人々に不幸をもたらす。混乱と支配と不安定でトラブルを起こす。仲の良い人など出来ない。いそうにみえても表面的で、すぐ崩れる仲である。他責により改善は無いので、現実が余計に悪化し、低評価と不和の想念がついて回る。まるで不幸の商人、悪魔の権化だ…… 

 

 

まぁ、意外と多い。

友人にまではこれを隠すことが出来たとしても
家族恋人となると本性を現してくることも多いだろう。

そういった人が隠れた犯罪……虐待や暴力、いじめ、DV、パワハラモラハラをしている。

これら人間の皮を被った人外(人害)の下水道野郎の人に関わってマイナスになる事しかない。

 

では

人間の質 格の高い人はどういう人かというと…

他者を認め尊重できる人。 他者理解と自己理解が深く、他者の為に動くことに喜びを感じる人 他者を心から思いやることができ 誰も見下さず見上げず どんなときも対等に穏やかにお話が出来るようにつとめている人 なのではないかな。

 

自分の感覚的に世間は


普通(日和見)7割
人害(悪玉)2割
善人(善玉)0.8割 くらい

 

これは表面的な感覚なので 家族恋人になることで悪玉に豹変する人を入れれば
悪玉は3割を超えると感じています。

腸内細菌的には善玉2割いかないと全体として病気であり改善しないんですが(悪玉優位の悪多数決社会になる)

多分これは社会にも当てはまると自分は見ています。

読書 土と内蔵

この本は、めちゃくちゃ難解だ。

次々と出てくる科学的医学的な…
初めて聞く専門用語や聞いたこともない土地や人間の名前。

1ページ1ページ読み進むのに、とても時間がかかる。
まるで論文を読んでいるようだ。
研究の内容が至るところに書かれているのだから…。

アミは1日で読み終えたがこれは読むのに1カ月以上かかった。

……辛抱強い人しか読めない。

でも、多くの人が理解するべきたいせつな内容であると思う。

この本を理解することで得られるものは、非常に価値がある。

自然との共存のための見えない、しかしとても大切な生き物への理解。

 

この本は
植物や野菜の生育(さらにはそれを食べる動物たちと生態系の繁栄)や健康に
いかに見えない存在が重要かを説く。

庭や畑で
大体の人は生えている植物の様子しか見ていない。
目に見えるものしか見ていない。

しかしそれらが育つには目に見えないものの働きが必要不可欠であり、それ無しに植物の改善はあり得ない。

植物は根の周りで見えない生き物--土壌生物、細菌と協力して正常に、旺盛に育っていく。

そして人間にも根に相当する機関がある。

大腸だ。

なんとなく、大腸は小腸の大きくなったもののように思われているかもしれないが全く別の役割がある。
大腸は人体最高の細菌大都市であり
私たちの免疫や幸福感まで左右する非常に強大な、細菌との共生機能を持った機関なのだ。
その体内の菌類を整え育む事により、人間の病気や免疫、更には思考感情までもが改善するのだ…。

 

自然とは、多様性とは、共存・共生・共栄とは…。
食や土壌や免疫、持続可能な土を未来に残すためには……?
生活習慣病や肥満、ガンや炎症の病を退け 善玉菌をはぐくむ
医食同源、ほんとうの食事とは?
わたしたちの体の中での共生、菌類。
それらを壊す破壊の科学、農薬、汚染や破壊をやめる道とは…。

 

 

以下自分用メモ

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第1章

植物の世話をする事と同じくらい、目に見えない土壌生物を育てる技術が重要だ。

荒地には有機物。コーヒーかす、落ち葉、糞、チップ。

マルチの配合 炭素豊富(木材チップや落ち葉)30+窒素豊富(コーヒーかす、草)1の割合。土がうえている限り、養分を与える。

コンポストティー。堆肥中の有益な微生物を培養して土壌に加える。25リットルの水、3.8リットルの培養液、ミミズ堆肥1袋(微生物源)。8~12時間、水に酸素を供給し、培養液中の炭水化物が微生物の増殖を促す。海藻と糖蜜の混合物。弱ったもの大事なものにかける。

ガーデニングイベントでアンはみんなの質問攻めにあった。どうして木がそんなに早く丈夫に大きく育つのか?いい肥料を使っているのか。隣の自分の庭とどうしてそんなに違うのか。アンは土スープとマルチを強く勧めた。みんな植物について質問し、誰一人土壌について尋ねなかった。

土壌喪失という大きな流れに逆らった社会がいくつかあった。共通する要素は有機物を土地に戻す事。人類が肥沃な土壌を使い果たすことなく、作り出していくのに役立つ。

不毛の地に有機物をくわえたことで新しい住人を呼び寄せた。キノコ、土壌動物、甲虫、目に見えない小さな生物の世界。草木、クモに鳥、哺乳類がやってくるようになった。

ある時鷲が私たちの庭を訪れて、庭木に巣づくりしていたカラスのヒナを狩っていった。私たちが土をよみがえらせたことから始まったいのちの輪は、ミミズをうみそれをカラスが食べ、そのカラスのヒナをワシが狩った所で閉じた。庭は、地球の生命の車輪を回す再生と死の循環という小宇宙になった。

微生物がすべての土台。氷山と同じように、目に見える地上は、地面の下によって浮いていられるのだ。

私たちは地下の生命が地上の生命を形作ることを教えられた。

人間は肉眼で見えるものを重視しがちで、その為見えない半分の大切さを見過ごしてしまう。「自然の隠れた半分」それは私たちの足元に、そして私たちの中に住んでいる。

 

第6章

植物と菌類はコミュニケーションし互いに必要なものを交換し共存している。自然の商品--植物が作る炭水化物と菌類が手に入れた無機栄養素--が交換され、地下経済が形作られる。

(根が有機化合物を分泌も吸収もする。コンケンでの炭素とチッソの流れはきわめて複雑で双方向的である。根はイオン、酵素、粘液、多様な有機化合物を発散するし有機酸、糖質、アミノ酸を取り込みもする。ある種の植物の根は土壌から吸い上げた炭素化合物を有機酸に換えて再び土壌に放出し、有機酸はコンケンで植物のリン吸収を向上させる。さらに、共生細菌の中には浸出液を取り入れて代謝産物を作り出すものもいる。それが今度はコンケンから鉄とリンをキレート化して、これらの元素を植物が利用できるようにする)

要するに植物と土壌生物ーー特に細菌と菌根菌ーーの相互作用は、以前に想像されていた以上に複雑だという事だ。
植物は能動的に栄養を根圏へ広げ、植物が病原体から身を守るのを助けたり必要な栄養素を根に導いたりする、特定の微生物にエサを与える。それだけでなく、植物のマイクロバイオーム全体が、宿主のためにまるで生態学的な薬局であるかのように機能し、生命の通貨が循環し続けるのを助ける。この理解が深まるのはニュートン力学から量子物理学への志向の進化に似ている。前者は知覚できるもののごとに基づいて、現実を単純化したものであり、後者は、現実の根底にある複雑な流動性に関わる、もっと深い話なのだ。

 

沈黙のパートナー 土壌生態学が解明する地下の共生・共進化
土に化学肥料を咥えても、それが植物の中に入るという保証はない。栄養素を植物が利用できる形に変換する微生物の力が無ければ無駄になる。

地下の経済 植物の根を取り巻く根圏は、植物と土壌微生物の間で無数の取引が行われる場所だ。菌類と細菌は植物の滲出液をいただき、見返りとして植物の成長と健康に必要な栄養と代謝産物を与える。

土壌生物と植物の関係は植物と花粉媒介者の間にみられる見事な共進化と同じくらい複雑。有益な微生物は、植物の健康維持を助ける縁の下の力もちなのだ。

 

6
微生物が土壌肥沃度に生物学的な触媒として働いているとする解釈は、現代農業の哲学的基礎に異をとなえるものだ。
農芸工学が短期的に収穫量を高める上で効果的だったことは誰にも否定できない。しかし徐々にそれによって、長期的収穫を怪しくしてしまっている。養分移行の阻害に加え、農薬の過剰使用は植物の防衛機構を低下、無力化させ、弱った作物を病原体が攻撃する隙を作ることがある。迂闊にも有益な土壌生物を激変させてしまったことで、植物が微生物との適応的な共生によって築き上げてきた栄養と防衛のシステムを私たちは邪魔しているのだ。
土壌を生物学的システムと考えれば、少数の植物病原体に「対処」する農芸化学的手法が、現代農業の問題の根っこにある事を把握しやすい。広範囲に効く殺虫剤が良いものも悪いものも一緒に殺した後真っ先に復活するのは悪者や雑草だ。この根本的な欠陥によって、農薬を基礎とした農業は中毒を持たされているーー使えば使うほど必要になるのだ。販売業者は大変旨みのある商売だが、客にとっては逆だ。そして農業の場合、私たち全員に影響が及ぶのだ。
地下の共振的進化関係は重要だ。南アフリカでシロアリが果たす役目は多大だ。シロアリの塚はオアシスとなる大木の下かすぐそばに生えている。実はシロアリには微生物の協力者がいて、シロアリは枯れた植物質を蟻塚に運んで菌類の養分にし、菌類は植物の組織を分解してシロアリが消化できるようにする。更にシロアリは、その菌類を収穫して食べる。この農業を営むことで、シロアリは蟻塚を栄養分のオアシスにして、アフリカの象徴的な野生動物を支えるのに一躍買っている。
シロアリは植生の基礎を築き、草食動物を支え、肉食動物を支えるのだ。
土の上の植物を躍起になって世話するよりも、足元にーー土と、そこをすみかとする微生物と無脊椎動物たちにーー目を向けるべきだ。そうしたとき、ほとんど気づかれることなく知られていない土壌生物相が、自分のために働いてくれる、目に見えない大勢の協力者に思えてくる。なにしろ、地上の生き物を活性化させる秘訣は地下の生き物を活性化させることだということを私たちはこの目で見たのだから。しかし私たちにはまだ学ぶことがあった。動物ーー人間を含めてーーの健康を支えている多くの微生物についてだ。
※別のシロアリは体内に植物をエネルギーにすることができずに体内に菌類を飼っている。実験のためその菌類を殺したところ、シロアリは満腹に食べながら餓死した。
 
第7章
アンは癌になり、食生活を見直し始めた。精白小麦粉、コーヒー、ワインはNG。
これからの基本となる 健康促進、免疫系の維持、がん予防となるハイジの皿
5:3:2 野菜果物:タンパク質:精白していない全粒穀物
体重は落ち、血圧が戻り、血液生化学検査、コレステロール中性脂肪は正常になった。ヨガ、ウォーキング、庭仕事。食べ物と食べ方を変え、これまで経験したことのない特効薬のような効果を、心と体にもたらした。
不規則な食事時間と砂糖は内臓と細胞に負担をかけ、炎症を起こす。炎症は癌を悪化させる。
家庭菜園ではミミズコンポストでミネラル、ビタミン、フィトケミカルを含ませる。土から抜いてしまうと、野菜はすぐに栄養価を失う。
今日、私達はあらゆる好みと懐具合に応じて、驚くほど多彩な食品の選択肢がある。私たちの大部分は美食の海で溺れかけている。
 
ヒトマイクロバイオーム。
人体は一つの広大な生態系だ。それどころか、人体はむしろ多彩な生態系を持った一つの惑星なのだ。生態系の一つはセレンゲティとシベリアほど違い、それぞれに数多くの微生物が宿っている。
細胞の一つ一つに、少なくとも3個の細菌細胞が住んでいる。それは私たちの体の内外の至る所ーー皮膚、はい、膣、爪先、肘、耳、目、腸ーーにいる。わたしはかれらの故国だ。
※また、細菌一個につき5個ものウイルスがおり、細菌の数は菌類を10対1で凌ぐ
微生物は人間の持つ遺伝子レパートリーを増やしている。最近だけで200万個。ヒトゲノムにある2万のたんぱく質コード遺伝子の100倍。ウイルス、古細菌、菌類のゲノムを合わせると600万。このおかげで、人間は免疫、消化、神経系の健康に重要な何十種類もの必須栄養を吸収できる。
分類学的に言うと、50こ、細菌の門がある。人類の腸にそのなかの12門が生息。比較のためにあげると、地球植物のすべては12門に属する。動物の大多数は9門。人間をはじめ脊椎動物--魚類、両生類爬虫類、鳥類哺乳類はすべてで1門に入る。
大腸には何兆もの住人がいる。腸の最下部に住む顕微鏡サイズの生物が、地球そのものの目に見える生物多様性に匹敵するなどと誰がおもうだろう?
免疫系の80%はとくに大腸に関係している。
 
第9章
センメルイワイス反射
ハンガリーの医師センメルワイスは、1840年当時急進的な発想である手洗いを推奨した。感染症が蔓延し産婦が3分の1に確率で死亡した病院もあった。医師が誇らしげに血の付いた白衣を着て、手を洗わずに次々と患者を診たり検死解剖の後患者を見たりしていた。センメルワイスは、患者を診察する前に白衣を着替え、手をカルキであらうべきだと主張した。そして死亡率が90%低下したが彼の成果は医学会を激怒させた。病気の蔓延を衛生状態の悪さと結び付けたことで、医師を責めただけでなく病気は「悪い空気」から発生するという古代からの瘴気論--という主流の医学的知識にケンカを売ってしまったのだ。それが「どのようにして効くのか」センメルワイスは説明ができなかった。医師は自分たちのような紳士に対して手が汚いだのと良く言えたものだと怒った。
センメルワイスは病院を解雇され左遷される。新しい地でも病気を圧倒的に減らしたが、同僚は手を洗うことで病気の蔓延を防げるなどというばかばかしい認識を受け入れなかった。激しい批判が絶え間なく彼を傷つけ、重いうつ病を患った彼は精神病院で死んだ。先駆的な微生物学者たちが、人間の病気を起こすのは微生物であることを疑う余地なく証明し始めていたちょうどそのころに。
今日、旧来の通説やパラダイムに反する新しい知識への手の付けられない拒絶を、哲学者は「センメルワイス反射」と呼んでいる。
 
第10章
抗生物質はかつて奇跡の薬だった。しかし使えば使うほど細菌が耐性を付けて強くなってしまう。また別の抗生物質が必要になる。
細菌の寿命は20分。抗生物質を使えば仲間が周りで溶けていく中増殖する。生き残りは抗生物質から逃れられる形質を与える遺伝子を次世代に伝える。
過去抗生物質は過剰摂取され耐性菌増加につながった。しかし、より深刻な抗生物質の乱用が現在進行中だ。成長促進のために、健康な家畜に大量投与されている。全世界で使われる抗生物質の約90%が明らかな感染のない動物に与えられている。
抗生物質で人の病原体を殺そうとする過程で、自分のマイクロバイオームまで傷つけ、私たちは自分自身の防衛線を、長い時間をかけて壊してしまったのだ。
抗生物質はマウスの実験で、大腸内壁の細胞も壊す。細胞内部にある、ミトコンドリアにダメージを与えているのだ。大昔、ミトコンドリアは独立した細胞であったことを思い出してほしい。ミトコンドリアのルーツが細菌であることが原因で、ある種の抗生物質に弱点があるらしいのだ。
 
12
私たちの優秀な免疫系が、極度に衰えてきている。厳しいトレーニングと有益微生物の助けが無ければ私たちの免疫細胞と組織はぼんやりしてしまう。体内外が微生物で飽和してはじめて免疫系は活性化し、微生物が敵か味方かを見分けることを覚える。きれいすぎる環境、極度に殺菌された植物や水、抗生物質の繰り返しの服用、土屋自然との接触の少なさ、すべて私たちにとって不利益となる。微生物と免疫系の伝達バランスを妨害すると、炎症のバランスの割り当てもできない。
免疫系は微生物に頼って情報を得ているので、町内微生物層が飛鳥に陥れば、免疫細胞がうまく働かず、敵味方の識別をあやまる。駅の方があるかに大きい腸内細菌は、大体いつも私たちのために働いている。
 
肉の量も問題を起こすことがある。分解され切らない量消費すると、小腸は動物性たんぱく質を半消化のまま大腸に送り、腐敗する。すると、大腸の細胞に毒による打撃を与えられ、かく酸の取り込みを阻害して、大腸の為に必要なエネルギーを細胞から奪う。GALTが起こり、栄養不足に陥った細胞は仕事しなくなり、老廃物が溜まってほかの細胞の働きをじゃまする。いくつもの小さな問題が重なってやがて家は崩れ始める。大量の赤肉の未消化のたんぱく質は特に有害な副産物を生むらしい。慢性的にこの状態になった大腸はひどく傷つけられる。
他にも胆汁の残りが大腸に到達すると二次胆汁酸という極めて有害な化合物になる。大腸の細胞に毒を持ち、DNAを損傷し、細胞の異常な成長を引き起こし腫瘍になる可能性がある。それを洗い流すのが食物繊維、大量の複合糖質だ。
繊維を発酵させる細胞が優勢である限り、たんぱく質を腐敗される細菌が作り出した問題を解決してくれる。大釜の中全てが食物を得る。
大釜を毎日、発酵性の食物で満たし、自分にとっていいもので溢れかえらせること。一言で言えば、私たちがみんな、何を食べるかを考える時、自分が本当は何のために食べているのか、それは自分が食べたもので何をするのかを意識したほうがいいのではないかという事だ。
食生活を変えて町内の微生物ガーデニングを意識する
単純糖質--パン、クラッカー、ビール、ワイン
 
13
グリホサートはコンケン微生物層に影響し、植物が取り込む栄養を減らすことを証明した実験もある。また、家禽や牛の腸内生物相を、病原菌が有益細胞を抑えて増殖しいやすくすることもわかっている。市場に出回っている大豆にかなりの濃度のうりほさーとが残留している。「フード・ケミストリー2014年」
 
根と消化管。この二つは多くの点で並行宇宙だ。土壌、根、根圏を待てメタ生命活動とプロセスは、腸の粘膜内装と関連する免疫組織と鏡写しだ。腸内は受け入れた微生物がとてつもなく豊富な場所だ。消化管の細胞が町内微生物と相互作用し、今細胞は土壌微生物と取引をする。
私たちの歯は土壌中のデトリタス食動物と同じように働き、有機物を小さくし他の生物が分解を続けられるようにする。胃酸は土壌の菌類のさんのように機能し食物を吸収できる分子にまで分解。小腸は、水に溶けた養分を吸収するようにする。内部の絨毛が九州を大幅に向上させる。大腸の中では根圏のように、微生物が宿主にとってかかすことのできない代謝産物と物質を作っている。
小腸と大腸のj壁にある胚細胞は、厚い粘液層を作ってほかの細胞を保護し、内宮の内容物が動きやすくする。細菌が粘液の中で生息し、粘液を食べる。それは、植物が根圏に住む微生物の餌として今細胞の表面から放出する、糖質が豊富な滲出液に似ている。。人間の内なる土壌にっすむ最近の大群は、消化されなかった植物質や死んだ大腸細胞だけでなく、粘液も食べる。引き換えに、その代謝産物は大腸の栄養となり、その存在は病原体を抑制する。私たちの微生物のパートナーが、私たちが食べたものを材料にして有益な化合物や防御物質を作る様子は、根圏微生物相と根の相互作用とそっくりだ。
有機物を分解する土壌生物は、栄養が植物へと滞りなう流れるようにする。これは、大腸内の細菌が複合糖質を有益な化合物(SCFAのような)に帰るのを思わせる。いずれの場合も、植物性有機物に富む食事が、健康と繁栄に欠かせない重要な栄養をもたらす。いっぽう、単純糖質と単一の無機質肥料は成長を早めるが、植物や人間の健康の土台となる栄養をすべて供給するわけではない。
根は食物を求めて土の世界を突き進むが、人間は外部の環境を直接体内に取り込む。これは有害なものがある為きわめてリスクが高い。いずれの場所でも、微生物の集団が宿主の生存に欠かせない二つの要素ーー食物を手に入れる事と、敵から身を守る事を助けている。見返りに微生物は、望みうる最高の生息地である、常に食物が豊富で安全な空間を手に入れる。
人間は共生生物を体に住まわせてきた。内なる土壌に住むのと同じ種類の微生物は土壌中にもいて、植物の病気を抑えるのに役立っているものがいる。この事実が、農業と医療をどのように再構築するかの根本である――つまり、太古からの友の協力を仰ぐのだ。
 
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私たちは土壌に与えたものの産物を収穫をしている。土壌或いは人体内に有益微生物を増やす事の、農業や医療における計り知れない価値がはっきりする。
農薬の乱用は抗生物質の乱用と似ている。
敵を飢えさせ味方に食べさせよ。敵を抑えてくれる見方を滅ぼすな。
長期的な思考によってっ短期的な行動を左右せよ。理屈では簡単だが、実行は相当厄介だ。信念を手放すのは難しい。それが親、広告代理店、社会全体によって強化っされたものである場合は特にそうだ。
細菌論を土台として組み立てた慣習が農地や体内に住む有益な微生物を弱らせたり死滅させたりしかねない事にも、いま、私たちは気づいている。殺菌の無差別的な仕様で有益な微生物群を激変させ空っぽの場所に有害な微生物を招く。
植物性食品が不足し抗菌物質を多く含む食事は、私たちの内なる土壌を脅かす。あまりに長きにわたり、私たちは生物相を科学的栄養と毒物に置き換えようとしてきた。
農業害虫の復活、土壌比翼度の低下、危機的レベルの抗生物質耐性菌の出現、寿命を縮める慢性疾患、根はア微生物生態系のかく乱でつながっている。人間は細菌との戦闘には勝てるかもしれないが、戦争に勝つことはできない。別のっ戦略が必要なのだ。
私たちは長い間、微生物の生態系に抱かれ、体内環境の管理を手伝わせるように微生物との関係を調整して生きてきた。これをにんしきすることが、人間、植物、動物の健康を実現する新しい計画の根本だ。私たちは、微生物生態系の住民同士の関係を、やっと解き明かし始めたばかりだ。
人工甘味料がマウスや人間ノブドウとの代謝を変えて、腸内細菌バランス異常を引き起こすことを新しい研究が証明した。人工甘味料は、佐藤によく似た点があるらしい。任円の微生物相は砂糖のように判断するらしい。大腸の細菌が、セトロニンを作れる。腸内細菌が、神経系と情報伝達しているだけでなく、感情の状態は腸内細菌とその代謝産物のスペクトルに影響されうる。
最近は人間の免疫系と情報伝達し、病原菌を追撃するために炎症を精密に配分し、有益な共生微生物を補充するのを助けている。
結局、視覚は能力だが、見方は技術であり続けるのだから。
ハッキリ言って、現代の農業と医療ーー人間の健康と福祉にとって重要な応用化学の二台領域ーーの中心にある観光は多くが完全に道をあやまっている。私たちは、植物と人間の健康を下支えする微生物群衆と、どう戦うかではなくどう協力するかを知る必要がある。
農業においてこれは、土壌をその本来のあり方、つまり生きているすべての生命の基礎として扱うという事だ。何を栽培するにしても肥料をやらなければならない。そして農地の土壌を肥沃に保つには、有機物を与えて土壌生物を繁殖させることだ。ほぼ同じ考えが、私たちの内なる土壌にも当てはまる。食べたものが養分となり私たちのマイクロバイオームの代謝を作り、それが今度は私たちの健康をーーすみからすみまで、善かれ悪しかれーー形作る。もちろん、食事を変える事では急性の病気はなおせないだろう。しかしそれは、慢性疾患を防ぎ総合的な健康を増進するために、人間が取れる唯一にして最も効果的な手段なのかもしれないのだ。自分のマイクロバイオーム、免疫系の生きている基礎を考えて食べる事。町内微生物相に複合糖質が十分届いていれば、健康が手に入るのだ。
※発酵糖質を食べないと腸内細菌には敵に回って腸の粘膜皮膜を食い荒らすものがいる。これは重大な問題を引き起こしかねない。
庭づくり、我が家の庭で果たした値は、もしかしたらあるかもしれない世界の縮図を見るようになったーー土に栄養を与えれば、土が私たちを養い続ける世界。体だけでなく心と精神も。
庭に向き合い、土を再生させる過程で、生命と健康の根本は微生物であることが分かった。どうすれば土地を回復させ、自分を癒せるか。
私たちは者に構えた環境悲観論者から、慎重な環境楽観主義者へと変わった。その為にはカルト宗教に入信する事も、自分探しの旅で世界中を回ることも必要なかった。私たちは裏口から外に出て、まわりの、足元の、自分の中の不思議を発掘したのだ。あたらしいせいめいがすこしずづ、そして喜悦ごとに私たちの目をとらえた。そして心の目を使うと、さrに遠く、現代科学が太鼓の現実と出会う目に見えない境界までが見えた。
多くの人は自然を、肉眼で見えるほど大きな植物や動物の事だと思っている。私たちもその傾向を手放していない。しかし心の目ではもっと多くの、以前は隠されていたものを見ている。私たちは一人ひとり独特の存在であっても、孤独であった事は無い。私たちの足元深く、そして私たちの体全体に、自然という大木の中の大木が生きた根を下ろしているのだ。自然は遠く人里離れた土地にあるのではない、それは想像以上に身近に、まさに私たちの中にあるのだ。
 
 
 
 
 
 

途中

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読書 アミ小さな宇宙人

アミ 小さな宇宙人

読了しました。

 

子供向けの童話形式で書かれた、(やさしい)宇宙人との遭遇の本。

 

大変素晴らしい本でした。

 

やさしくかわいらしい子供の姿をしたやさしい宇宙人アミが、地球人の子供を宇宙に連れ出し、大切なことを教えてくれるというストーリー。

目から鱗、人生観や考え方を変えざるをえないような内容でした。

子供や、子供のような心を持った人におすすめしたい本です。

 

地球人は未開の地の野蛮人と、アミはいいます。
批判でも悪口でもなんでもなく、事実をそのまま言っているだけなのでしょう。

確かに地球は争いと支配と戦争が絶えず、
親愛が欠落したエゴを振りかざす人だらけ。

今のままでは滅びるさだめであることをにおわせています。

 

滅びてしまった世界を 繰り返さないために 何ができるかな?

 

 

 

以下自分用メモ

(改変あり)

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■地球について

・地球人は銀河系の中で1、2を争うおバカさんだよ

・人の良い側面を引き出すと良い返事、悪い側面ばかりをみると敵意をむき出しにしてくる。結局みんな遊び好き。

・暴力は未開文明特有のもの。未開人の形成している社会の特徴。

・地球じゃ戦争やってる。全く深く眠っている。本当に重症。我々が手助けできるのは限られている。自分自身で努力しないといけない。

・地球は美しい。地球人はその美しさに気がついてない。それどころか、平気で破壊している。そして知らないで、自分自身も同時にね。もしみんななかよく、ひとつの国になり 組織づくりをすれば生き延びられる。利益を公平に分配すること。もし愛がないと、上に立った人はエゴをむき出しにして自分のエゴイズムを正当化するために、物事を複雑に絡ませる。愛があれば透明ではっきりしている。平和と団結のために争いや暴力を捨てることだ。

・愛とはつよさ〜〜愛の水準が低ければ、それだけその世界は、多くの人が不幸で、憎しみや暴力や分裂、戦争などが多く、とても自滅の可能性の高い、きわめてきけんな状態にあるんだよ……

・所有とは 所有病。エゴイズム。

 

■心配

・起こらなかった問題やこれからもけっして起こりもしない問題を心配して、頭を悩ませて生きていくのをやめて、もっといま という時を楽しむようにしなきゃ。人生は短いんだ。問題に直面した時に解決すればいい。起きもしない巨大な津波がいつか押し寄せてくることを空想して心配しながら生きていくのが、賢明なことだと思うのかい。今、この瞬間を十分満喫しなかったら、なんで愚かなことだろう…… どうして、じっさい起こりもしないことに頭を悩ませて、現在を犠牲にしなくてはならないんだい?

 

尊い今を感じる

・きこえる、におう、あるく、みる、呼吸を楽しむ、本当に見る、におう、きく、歩く楽しみ。戦争を栄光に感じる人、自分の考えに同意しない人を敵と見なす人、制服を着て偉くなった気分の人、みんな催眠状態だ。深く眠っている。人生の瞬間に美しさを感じることができたら目覚め始めている。目覚めているのは瞬間瞬間を満喫できる人。

・考えるのをやめ、知覚し、みえるもの聞こえるものに、喜びを感じること。手で触れること、自覚して呼吸すること、かぐこと、味覚を味わうこと、たった今の現在を満喫することだよ。きみはいま、この瞬間、幸せかい?考えるのをやめてごらん、ずっと幸せになれるよ。感じてごらん。このいまという、たいせつな瞬間を無駄にしてはダメだよ……

 

■悪 不幸 破滅

・悪いシステムが人を傷つけ、不幸にして間違いを犯させる。よいシステムの世界的組織は悪人を善人に変える力がある。

・義務付け、強制→反乱、分裂、破壊。

・進歩した世界は誰も傷つけない。

・コントロールのできない想像力は恐怖で人を殺し化け物を生み出す。

・武器はそれを賛美する人をいつか裏切る

・勝つという考えは競争、エゴイズム、最後は分裂だ。ただ、自分自身と競争して自分自身に打ち勝つべきなんだよ。他人と競争するんじゃなくてね。進んだ文明には、同胞との競争は全く存在しない。それこそ、戦争や破壊の原因になりかねないからね。

・スポーツは健全とか野蛮人の発想。殴り合い殺し合い、醜い争いが何度も起こっている。

 

■悪い人

・攻撃的野蛮人は必ず自分の首を絞める。

・全ての悪玉は、自分たちの悪を克服できない限り、結局は自滅するしかないんだよ。誰もこの法から逃れることはできない。

・宇宙の基本法は愛であるが、一人一人の内部に障害がある。エゴ。自我、自己、自惚れ。自身に対する間違った考え。偽の自分。エゴがたくさん育っていると、他人よりも自分がずっと重要だと考えるようになり、人を軽蔑したり、傷つけたり、利用したり、他人の人生を支配する権利まであるように思い込んでくる。エゴは愛情が育つ際の大きな障害。他人に対する慈しみ、思いやり、あわれみ、やさしさ、愛情などを感じさせにくくする。

・エゴイスト 自分にしか興味ない
自己崇拝者 自分以外誰も崇拝しない
自己本位者 自分のことしか話さない
自己中心主義者 宇宙が自分を中心に回っていると思い込んでいる人

・人間の進歩とは、エゴを減少させて愛情が育っていくようにすることをいうんだよ。

 

■胸の光と愛情

・親愛の情(愛) > 意識(気が付く)・感覚・感情 > 思考

・知性の発達は、情緒の発達と調和をもって進んでいくべきなんだ。こうやってのみ、インテリとか賢者はつくられていくんだ。こうやってのみ、胸の光は育っていくんだよ。

・好きというのはひとつの愛の形。愛がなければ楽しみもない。全てを愛する愛を持って生きる方が、ずっと楽しく生きられる。君は月は好きではなかったね。でも、僕は好きだ。だから、君より余計に楽しんでいるし、より幸せなんだよ。

・思考では、愛を味わうことはできない。感情とは原始的なもので思考にとって変わらなければいけないという「インテリな考え」がテロ汚職自然破壊を正当化する理論を作り、破滅の危機に陥っている。

 

■警告

・高慢は光を消す 謙虚にするよう心がけるべきなんだよ

・僕も過去、野蛮な野獣だった。野蛮な人間だった。とても残酷な体験をしてきたんだ。なんども死んで、少しずつ宇宙の基本法則に沿った生き方を学んでいった。進化の法則には逆らえない。代償は自分で支払わなければならない。

・殺してはいけない。

・(肉食はよくない)

・愛に対する違反行為は、何倍にもなって自分にツケが回ってくる。災難、事故、悪運、愛する人の死……ほかにもいろいろなかたちでその代償を支払うことになるんだよ。

・ある程度の科学のレベルに達しても優しさ善意が欠けている文明は、必ず科学を自滅する方に使い出すんだよ。宇宙船を作るより爆弾を作る方がずっと簡単なことだからね。

・ある世界の化学水準が、愛の水準を遥かに上回ってしまった場合、その世界は自滅してしまう。

 

■進んだ文明の人たち

・物事を問題として捉えるのでなく、乗り越えるための自分自身への挑戦として解釈する

・われわれの最大の幸福は人に奉仕し、援助すること、そして人の役に立っていると感じられることによって得られる。平和に対するはっきりとした認識を持ち、人生を満喫する。

・自分の感じているものを表現して、見てもらって喜んだり、自分も同時に楽しんだり、友情の絆を強めたりする

・幸せな世界の人々は、お互いにみんな愛し合うおおきな家族。だから全てを分かち合って仲良く生きている。

・所有はない。すべてが共有の物。

 

■教訓

・気がつく=意識。思考よりも上

・平和のために何か貢献している人は、みな良いレベルに達している。何かできるにもかかわらず、何もしない人たちは、本当に冷淡な人か、共犯者なんだよ。愛が不足している。良い水準に達していないんだ。

・愛情のあるところに先はあり愛情の欠けたものは破壊し破滅し合う。

・愛情の感情が湧いて そのために思考を使う それが思考の良い使い方

生命の樹 12の果物 真実、自由、構成、知恵、美

・自分自身になること、これがゆいいつ、ぼくたちが自由を手に入れる道であり、それ以外の自由なんてあり得ないんだよ。

・忍耐は平和の科学、内面の平和ということを忘れないでね………

 

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この本は警告する。
まず、はじめに子供しか読むなと言う。

確かに大人はダメですね。


特に頭でっかちで、争い好きで傲慢で自分は他者より上だとか、頭良いとか思っちゃってるタイプの人には……笑

そしてアミはもう、そういう人は見離しているようにも思う。
それでいいと思う。

彼らはそういう因果なのだ…。

 

他の世界にいけば その「頭のいいインテリ」の
科学・思考力は幼稚園児以下なのだけれど…。

知らぬが仏であろう……。

 

アミの本は三部作になっており、これは一作目。

 

コミティアが終わったら、ぜひ読みたい。

遁世ディスコード

遁世とは俗世間一般のわずらわしさをのがれて暮らす事らしい。

自分も遁世ハウスにはいないがおおよそ一人で遁世しているような具合だ。お金をもたない 稼がない 早期隠居ぐらし。 時間的なゆとりをもち、自然と共に豊かに生きる暮らし。

 

遁世ハウスとは
和歌山の共生舎のコンセプト(山奥ニート)に共感した人が
それをリスペクトして運営している全国のシェアハウス。

遁世ハウスを名乗る条件は特になく
私の肌感覚では
名乗れば遁世ハウスに加えられるようだ。

 

ディスコードにはそれら遁世ハウスの一覧があり、オーナーが空きがあるときに募集したり アピールしたりして遁世志望者が集まる社交場になっていた。

そんな遁世ハウスに越してくる人は
大体、世間の人間関係にわずらわしさを感じる人や
ハラスメントなどにあってきて逃げてきた人

働きすぎて疲れた人、病気がある人
社会になじめない人、仕事したくない人 等だ。

簡単に言うと
強者や社会、大きな力や支配から逃れてきた弱い人 なのだと思う。

 

そんな傷つきやすい人たちが集まって、思いやり、助け合う場だと思っていたのだが

 

 

最近は

発起人や住民にリスペクトの気持ちは微塵もないか見下しているのにもかかわらず
利用するために遁世ハウスを名乗りディスコードに居座る
加害者(無意識)や人の心を感じられない人(無自覚)、
トラブルメーカー(無自覚)が私物化していて

善良な住人・オーナーばかり出ていかなければならない状況になっている。

 

悪口影口、心ない言葉、侮辱、いじめ、煽り…。
人が殴られているのを見ているだけの傍観者…。

善良な人はたたかいに行くが、
あちらの言葉はこちらに通じるが、こちらの言葉はあちらに通じない
ハラスメントはどんどん飛んでくるという状況のよう……。

 

 

これはもう、管理人の問題のような気がする。

共生舎でもこういう問題は、起こりえたのではないだろうか。

 

我関せず、自由(悪自由)、興味なし、ルールなし、改善無し、バンしない
このシステムが、どこか間違っていて起きたように感じる。

 

もちろん、管理人の問題以前に加害者の問題なのだけどね。

その人たちは、己の心の中に溝を抱えている。
周りは不和だらけだろう。
全ては己の内側が目の前の現実として現れるのだから……。

 

この遁世主義は、国からは煙たがられているだろう。なにしろ、たくさん働いて、たくさんお金を稼いで使うのが経済を回すことが善とされていて、働かないことは悪とされているから。

だから内部から、潰されるだろうと思っていたのだが…………。

wakeさんからヒビが入るな、崩れるなと思っていたが別の人間からコミュニティを崩したな。

これは計算されていたことだ。わかっていたこと。なるべくしてなったのだ。

だから次はもう少し、こうならないように対策を立てよう。

 

■遁世を考えている人へ

バナシさんがディスコードに注意して書かれているように
沢山シェアハウスはありますが、遁世ハウスにいるみんなが全部善良なオーナと住民、ではありません。
『共生』と別方向を向いているハウス・人もそれなりにあると思います。

ちゃんと自分の目で、オーナーや住人との相性を確かめてからの移住をお勧めいたします。取り繕われたら
ある程度人を見る目が無いと騙されてしまうかもしれませんね…。

 

 

 

講演 神人さん講演ライブとはじめての車中泊

長野 駒ヶ根の神人講演会&シャーマンライブに行ってきた。

半年ほど前この方の書いた、大日月神示の上下巻を読み、自分の意思で初めて、講演会やライブを予約しました。

各日初めての参加、はじめて神人さんを拝ませていただきました。

 

そして、初めて車中泊を2日して、学んだことは多かったですね………

1番大きな発見は、ジムニー車中泊に向いていない 車中泊するなら車中泊用の車を用意するべきということですね……笑

 

神人さんはシャーマンでチャネリングなどの活動をされている、イタコ、ユタさんのような方で 精神世界は衰退して久しいですが神人さんはますますご活躍されているようです。

 

講演会では死と仏教の嘘について説かれていました。そういうテーマの講演会だったので

自分は本当は別の内容を聞きたかったのですが……_(┐「ε:)_ 

興味深かったのは、死者の生者とのコミュニケーションの方法など。

 

自然死は幸せ 病死は普通 事故死や災害時突然の死は回避可能らしい。普段から自分の感性、意識のセンサーをちゃんと使えていれば、危険を察知し回避できるのでしょうね。

 

仏教については葬式お彼岸お盆○回忌は嘘でやる必要なしと。

釈迦の本来の教えには死後に関するものはなく、いかに生きるかという教えであったのに対し、新天地に進出するたびに尾びれがつき新仏教となり我が仏教こそ最強となっていったという。

葬式仏教の起源はバラモン教

道教儒教を付け足し中国仏教

そこに盆彼岸大晦日その他をつけたし日本仏教。

 

総合的に、我々のする宗教の儀式は皇族や金持ちの儀式の真似事だということです。

結婚式もそうですよね。なんの歴史もないものですが、みんな信じている。元は皇族がやることだったんですよね。あとは芸能人が派手に披露宴していたんです。

まったく、経済優先に、お金をかける必要のないことなんですよ………。

これからも庶民は煽られれば、お金を使っていくんでしょうか?踊らされて肥やしにされるだけなんでしょうか?

その先はもちろん、例えどんなに子孫を増やそうと 破滅、破壊、自滅の因果でございます。

 

衣食住医政教、すべてが狂っていて末期であり、そのため狂ったもの扱いされるにも関わらずシャーマンがこのように出てきて話をしなければならない段階になってしまったのだと神人さんは言う。

実にお疲れ様のご苦労さまです💦

 

会場に来ている人には結構、コアなファンも多そうでした。

そしてそのコアなファンは、一人一人個性が強すぎて、ちょっと一見、近寄り難いですね……………。多分いい人だと思うんですが、雰囲気が違いすぎて自分は近寄りがたかったです。

やはり、精神世界系の人たち…(なにかフワフワとしていて、流されそう)という雰囲気があって、しっかりと、厳しい現実も見て、生きられている人だといいんですが……なにかと空想、お花畑に、さもあれば持っていかれそうな…

地に足ついてる方があんまり、いらっしゃらないような……印象を受けました。

この時とばかりに自分を解放し、一般社会ではガッチリ公務員してるかもしれませんけどね。

大体の方は、普通の方でした。

主催者さん側は地に足のついた善良なるとてもやさしく上品なおばさまがたという印象でした。

 

火葬は痛そうだから本当はダメ、死後の供養意味ない、全部灰にすればよい、戒名も無意味。

骨はいらない、パウダーにすれば良い

 

神人さんの言葉で 必要なし!とバッチリい直ることができ、良かったです。

パウダー化や供養の不必要性、戒名の不必要性など自分の考えと同じで、確信が持てました。本当に坊主って○○ですからね(╹◡╹)ごくごく一部を除いて……。ほとんど精神世界と同じで9割9分が?ですよ

 

ライブの方は、浄音ライブ、良かったですね。

ドラとか鐘とか、音の広がりがすごい。

ちょっと寒くて、あまり集中できなかったのですが……… この時は敷物があったら良いと言うことを、事前に知りたかったですね。車にあったのになぁ。

 

お伝えは緊張しすぎてもう………

私は、はぐくむ がキーワードでした。

はぐくむ……私は結果をすぐに求めすぎていたなと思いました。結果の前に、育むことが必要で、レベルを上げるためにははぐくみ、経験値を稼ぐ必要があった。何をどう、どのように、だれと、どこで…育んでいきたいかを考える。

そうすれば、どうしていきたいか、どの道に進むのか、指標となり道が定まっていくと。

ありがとうございます。とても参考になり、指標になるご助言でした。指導霊さん、神人さんありがとう。

他の方々のお話も興味深かった。

お伝えライブは長野では、これが最後になるようでした。

 

第3部は祭り歌のようでした。

これは、私は自然の中で聴きたかったなぁ。これは、自然や神に捧げている祈り歌なのでしょう?なぜ、こんな人工物のホールで、やるのかなあ。長野には、沢山自然があるのだから、自然の中で自然に捧げる唄を私は聞きたかったな。

なんとなく、縄文のグループと言うイメージがあったので、バイオリンなのはなぜだろう。曲としては、美しくて、いいし、あっているんだけど。縄文人が自作したような手作りの弦楽器になれば、より良いなぁ。パーカッションの方は、もう少し、練習したら良いのではないかな。コンセプト的に、あるがままが良いのかもしれないが…… どの方も人柄が良さそうでした。

音楽は、好きですので何かと感想が長くなってしまいました。

 

最後の方はみんなが立って、踊って輪になって踊る感じでした。

が、ちょっと内輪感が強すぎるかな。なんだろう、初めて行ったライブで、そんなに飛んだり跳ねたりの参加は、厳しいですよ。

普通のライブでも周りの人のテンションに引いているタイプなんですけれどもね。

うちの経験では1番多いのは、みんな落ち着いたいい大人で 最後までたったりしなくて 心地よく 最後の音の余韻まで味わってからの拍手や 大人しいジャズやクラシックのライブでしたので ポップスやロックや祭やなんやらとは文化が違うんでしょう、多分。

誘っていただけるのはすごく嬉しいしありがたいなぁと 嘘偽りなく思うのですが、やってみても心がなかなか、コアなファンの皆様のところまでテンションが上げられないと言うか そうして逆に、私はこの中の一員じゃない感じ、疎外感の方を強く感じてしまいましたね、私はですが。。

強制しないでと神人さんが、咎めていました。

アンコールは良かったですね。

全体的に、ライブを聞いて、私も歌いたくなりました。踊りたいのではなくて。

 

神人さんは好きなのですが、インディーズ特有のコアなファンのにぎやかしが、私は苦手かもしれない。

静かーに、リラックスして……個室鑑賞したいなぁ。笑

そんなわけで、私は一日中浄音ライブを聴きたかったかもしれません。笑

 

 

全体的に、初心者への配慮が少ないかな、と感じるライブでした。講演会でも教本というものがありましたが、それについて事前に何の説明もなく、初参加の初心者には何がなんやらわかりませんでした。何それ?なにかの宗教の教本?いらないです 講演の最中にえ?講演会の資料?なにそれ?しらなかったんだけど……?というかんじでした。

もう少し知り合いもいない、何も知らない初心者に配慮してほしいな、と感じました。

 

 

総合的に、行って良かったです。

2日目は携帯を落としてしまって気が気じゃなかったのですが途中からいなおれて 結局帰りに探し回って見つかりました。。

神人さん多分本当は繊細な方なんだろうな。人の気持ちがわかってしまうというのは辛いだろうな。そしてドS、霊と戦う系の方はみんなドs…かも知れません。

かなり現実に対しては厳しいことを言われますが、未来や宇宙に関してはポジティブなのが自分は納得がいきませんが、多分それがいまいま発信するべきことなのでしょう。多分精神世界好きな人って大体、宇宙は素晴らしいー、神は素晴らしいー、キラキラ〜、お花畑〜、ってな感じでスバラシイ宇宙大好きなので、落ち込んだり、争い合わせておくよりは、そういう釣りもある一定は、必要なのかなと思っております……。

宇宙も、連合も異次元も神も何もかも、白黒ドロドロの泥沼の戦争と支配と、闘争の大合戦だよ〜?といっていては ついてくる人が限られすぎますからね( ̄▽ ̄)アッハッハ

 

霊人にも話していただいているようなので、おばあちゃんや身内にも公演、聞いて欲しいところは聞いてもらえたかなあと。

霊動、初めて教わったけど、確かにあるある。

どんどん世話焼いて、守ってくださいね!

夢日記マニアには簡単にわかることだけど、夢に出て記憶に残すには、目覚める5分前から!

 

自分は霊感、多少ありますので 霊……表向きには観測できないほど小さなエネルギーの世界を無視していては 半分寝ながら歩いてるようなもの と感じます

つまり大体の人は、騙されていて 現実を半分も認識できない状態で歩いている……。

傲慢を取り去って 謙虚に自分の状況をまず認識することが大事です

独身の良さ

人は独身である事を、

問題のある人間 人間の出来ぞこない

というふうに言うけれど

 

独身は、自分の子供やパートナーに取られる時間がないわけなので、その分人を助ける力があると思う。

実際、私はシンママ、シンパパ、子育てで困ってる人…そういう人の力にたくさんなりたいし、たくさん手伝ってあげたい。

他の独身の人もきっと、そういう余裕のある人たちだと思う。

 

独身だから、できることが沢山あると思う。

好きな事をする時間。

人の子育てを助ける時間。

世の中をよくしていく力。

家族を持っている人が時間や労力的にできないことを出来る人たちだと思う。

 

私はきっと、結婚していたら狩猟をできていなかったと思う。

長年、食やいただきますに関して、お肉に対して、疑問を持っていたけれど、その世界に飛び込んでいくことはできなかったと思う。

 

みんなが目先のことだけ、目先のことに追われていたら、世界は終わってしまう。

 

悪いところに目を向けて異人を攻撃するんじゃなくて、良いところに目を向けて、お互い助け合う世界にしていかなければ、破滅に向かうよ?

 

家庭を持つと余裕も、時間も無くなる。

独身の人はその分、家族だけではなくて

よりひろくの人に奉仕することができる。みんなのために動くことができる力があると思う。

 

働くということ

小さい頃からずっと、競争させられていると思う。

女の子は特にそうだ。

かわいいかどうか、容姿がどのくらい優れているのか。ニコッと笑えるか。友達の数、テストの点数。

社会に出れば、人より仕事ができるかどうか。収入、恋人、結婚してるかどうか。家や車。

 

社会人になり最初、働くことは楽しくて仕方がなくて、全力で働き、休みは疲れて寝るだけという生活を送っていました。

つまり何よりも経済優先の社会に協力していました。

でもある時、

こんなに頑張って働いて疲れて、得するのは誰かと考えて、1番得するのは私ではなく、会社やお金に関わっている人だと気がつきました。つまり、投資家、既得権益、最初からお金を持っている人です。

 

頑張った人が1番報われるのではなく、何か搾取されている社会。

 

ある時、親戚のお姉さんと会いました。

彼女はとても、かなり、優秀な人なのですが(きっとかつて、女性差別的な入試の点数操作がなければ、有名大学に入学していたことでしょう。)

常に仕事第一、常に仕事を取らなければ人に取られると考えていました。

私が見る限り、焦燥し、疲弊して、何か幸せではないように見えました。

その人を見た時、気が付き、進む方向が変わりました。

 

私は、沢山稼いで、沢山消費する生活をしていましたが、それを喜ぶのは、地球の破壊者、お金の支配者なのです。

資本主義、経済優先。

資本主義だろうと社会主義だろうと 根本となる人間が腐敗していれば同じこと。

経済優先とは、地球をどこまでも破壊し、傲慢、騙し、殺し、お金、人の命を、一部の人の懐を肥しながら破滅へと向かう道です。

働き続けて病気になる人。鬱、自律神経失調症、不眠、肩こり。疲れ。

原発や武器戦争を見れば、わかる事でしょう。

あれが、経済優先、支配者優先の末路です。

「必ず滅びます。」

 

 

 

 

今はなるべく低所得、低支出な生活を続けています。

自分の時間はたっぷりあり、自然の中を満喫して、その美しさや、多様さを感じていて

それは誰かのために消費される人生ではないのです。