カリモード

狩猟+漫画+鹿の利活用を考えています。

畜産とペットは、倫理的に有りなのかどうか?  

そもそも畜産とペットって、倫理的にアリなのだろうか……

牛さん達は食べられたいと思っていて、
動物(ペット)は、人に擁護される一生が一番いいあり方なのだろうか?

 

ちょっと想像してみよう…。

 

ある惑星では、
竜人が高い知能を持ち惑星を支配していた。
野生の人間は美味しく乱獲されていた。

竜人は、遺伝子や品種改良を重ねて
食用人間とペット用人間を量産している。

種男と種女を人工受精で交配させ続け、
生殖力が衰えてきたら殺す。

生まれてきた食用人間とペット用人間は育てて売る。
ペット用人間を買った恐竜人は か弱い人間の生殺与奪権をもちながら、愛情を持って育てたりそうじゃなかったり。
食用人間を買った恐竜人は殺して肉を売り、
スーパーに売っている食用人間の肉を恐竜人が食べる。

 

さて、人間はペットになりたくてペットになるのか
殺されて食べられたいと思って食用人間になるのか。

 

 

生き物は生きるという本能があり、死にたいというのは異常なことではないでしょうか。

死にたいなら、
その辺の人間や野生の牛とか豚とかは崖から飛び降りてるだろうし、
捕食者に居合わせたら逃げたりしないのではないでしょうか?

ペットは選択する権利がありません。

ペットになりたければペットになれて、肉になりたければ肉になり、なりたくなければならないでもよい選択肢が必要じゃないかなぁ。

 

一方、狩猟による殺しははいいのかというと
必要なだけ獲るのであれば、鷹やライオンが草食動物を狩るように、自然の摂理からはずれていないと考えます。(乱獲、密猟はダメです。)

狩猟犬はいいのかというと、
その動物にしかできないことを動物にお願いする場合や、その土地の文化を継承する場合、相助、共生、対等の関係が出来ているように思うので、アリだと考えます。
警察犬、熊犬、盲導犬、地雷発見する犬、ラクダ、馬などは、人間と相助・対等の関係であると感じます。

ペットとなると、人間の立場が上のように感じ、違和感を感じてしまいます。ある意味、飼い殺しというか…。

 

個人的にはペットも、いきすぎた美食も、タバコや酒のような
自分の人生 問題から目を背ける、罠の一つのように感じます。